〈5〉



  レップブリカ王国。総人口五十万。首都ヴィトレス。

  北には山脈。西、南、東は地中海によって囲まれている海辺に面した国だ。

  1861年のレップブリカ統一により、エマーヌエーレ・ヴィトレス二世が初代国王となり、
 今ではその息子に当たる三世が国王となっている。

  最も帝国主義などという古くさい思想が撤廃されてからは、国王という存在は『君主』と
 いうよりも『元首』という扱いが近い。

  王という存在を未だ据え置くのは、国家の威厳を他国に示す必要がある、という老年の政
 治家の思惑が混じっているのだろう。大義名分が立つなど、安易に想像できる。

  終戦後、レップブリカは産業革命の波に乗り、都市部では機械工業が発達。レップブリカ
 で有名だった服飾産業が、その革命で飛躍したのは言うまでもない。

  それに地中海に面した土地を利用して漁業も盛んだ。加えて世界有数の観光王国であるた
 め、島嶼部は海水浴などの避暑地としてあげられ、リゾートに適した地域も多い。

  と、言うのが、マリアがこの地へ訪れるまえに資料で得た知識だった。

  しかし──

「……田舎ね」

〈素晴らしく田舎だな〉

  視野に入る光景に、マリアはその資料集は間違っているのではないだろうかと、胡乱な気
 分になっていた。

  大通りを挟んで左右に並んでいる家々は、全てが木造の建物だ。石造りの住居が主流のレ
 ップブリカとは思えないほどの素朴さ。屋根は赤褐色の瓦屋根が風流を感じさせた。

  パターデルという村は、やはりというべきか田舎だった。マリアは大通りをゆっくりと歩
 きながら、忙しなく視線をあちこちに巡らせる。

「田舎って初めて訪れるけど、ほんと何もないわね」

〈都会に住み慣れてる奴から見ればそう思うのが当然だろ〉

  朝食を食べ終え、子供たちが学校へ向かった後、マリアは家事の手伝いをするつもりだっ
 たのだが、

『客も同然なんだからそんな事させられないわ。村を散歩してきたらどうかしら?』

  というエルミナの申し出を素直に受け入れることにした。

  レップブリカはタニス大陸でも有数の観光地として有名なのだが、なるほどエルミナの言
 っていた通り、人の好奇を誘うものが何一つなければ観光客など寄りつきもしないだろう。

  雑貨屋や八百屋、宿屋もあるにはあるが……それ以外にめぼしいものが無い。これでは変
 わり者か田舎旅行が好きな観光客などしか訪れはしまい。

  ちょうど大通りの真ん中当たりで、ぽっかりと空けた場所に出た。

  中心にぽつんと巨大な岩が墓標のように突き刺さっている。おそらくは百年前の大戦の名
 残だろう。

  その大通りで道がさらに十字路に別れていた。左には大きな湖畔があり、右には山林へ続
 くと思われる道がある。前方の方には再び住居が軒を並べていた。

「それにしてもセロンは随分落ち着いてるわね」

〈まあ、田舎にはガキの頃から何度か訪れたことがあるからな。お前と違って免疫があるんだ
よ。先生と一緒にいた頃を思い出す〉

「あの人と?」

  セロンの台詞に思わず眉を少しひそめた。

  マリアが言うあの人とはヒューゴ・ナーディムのことだ。

〈ああ、結構いろんな場所を旅して訪れたけど、頃合いを見計らっては一カ所に長く留まるこ
とがあってな。そのときは大抵がこんな辺鄙な場所だった。修行に打って付けなんだとさ〉

「へぇ……、どうして田舎が打って付けなの?」

〈人が少ないからだ。先生曰く、修行の時に出る悲鳴を極力聞かれないようにするためらしい、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
いま思うと懐かしいな。子供相手に全力だして、何度死にかけたか……うん、ホント、イロイ
ロアッタナー〉

「…………」

  セロンの声が後半棒読みになったのは黙っておいた。

  幼少の頃に一体全体どのような生活を送ってきたのか内心気になるが、訊けばトラウマに
 触れてしまいそうで怖い。根掘り葉掘りしつこく問い質すのも気が引けた。

〈なあ、そんなに先生のことが嫌いか?〉

「え?」

  不意にセロンが、そんなふうに訊いてきた。

  マリアは思わず押し黙る。自分が父親であるヒューゴに憎悪の念で一杯なのをセロンは知
 っている。一年以上もつき合いがあると、いらぬ事まで知られてしまうから始末が悪い。

「そんなの……言わなくたって解るでしょ」

  愚痴るようにマリアは呟く。

  ヒューゴという人物に嫌悪を剥き出しにしている自分とは裏腹に、しかしセロンは彼に対
 して尊敬の念を抱いている。

  なぜなら、セロンはヒューゴ・ナーディムの弟子だからだ。

  マリアの下を離れたヒューゴは、その後セロンを引き取り自分の弟子として育ててきた。
 と、そう直接セロンから聞いていた。

  共に旅をし、共に食事をし、共に就寝し、共に錬金術を磨き──その他、様々な出来事をセ
 ロンから聞いては、否応ながらも自分の記憶の一部として刷り込んできた。

(セロンに父親を取られたなんて恨みはない……けど)

  嫉妬心の変わりに、父親への憎しみが肥大したのは言うまでもなかった。父親以外に血縁
 のいない自分を捨てて、弟子を育てるという奇行じみた行為に怒りを通り越して呆れていた。

  それに対して、セロンのヒューゴに対する尊敬は凄まじいものがある。

  それは崇拝と言っても過言ではないほどだった。だからこそセロンは、ヒューゴの存在を否
 定し続けるマリアに理解してほしいと、あれこれ策を練ってくるのだ。

 ──最も、その行為のどれもが今日という日まで報われたことはないが。

〈前にも説明しただろ、先生は──〉

「ん?」

  セロンの熱弁が始まろうとした矢先、背中の方から何やら騒がしい物音が聞こえた。振り
 返ると、砂埃を立てながらマリアの前を巨大な塊が通過した。

「トラック……?」

  砂埃を巻き上げながら眼前を通過していったトラックが、慰霊碑を避けるように通過し、
 真っ直ぐ前方に向かって走っていった。パターデルには一台も車らしき物が見あたらな
 かったため、自然と視線はそちらへ向く。

  トラックの荷台に載せた積荷がカバーのようなもので覆い被されていた。いったい何が載
 っかっているのだろうか? と、好奇心を抑えられなくなったマリアは、

「ちょっと、追いかけてみましょ」

〈お、おい! 話をはぐらかすな〉

  セロンの論議をもみ消しにする事も兼ねて、トラックの後を追いかけていった。





「おっきい屋敷……」

  マリアは村はずれまで来ていた。

  そこにあったのは村の雰囲気とは懸け離れた大きな屋敷。頑強にみえる門構えと左右には
 しるレンガ壁の奥には、庭園を挟み、今まで見たことないほどの巨大な本邸がでんと構えて
 いた。

  広壮な洋館。昔の上流階級の貴族が住まうお屋敷そのままだった。

  トラックはその前で停止していた。

「それにしても……」

  マリアの視線はある一点で釘付けになっていた。停まったトラックから降ろされる積荷は、
 全てが檻に収められた動物だったのだ。

  トラやライオンなどの肉食動物もいれば、牛や鹿などの草食動物もいる。それ以外にも見
 たこともない奇妙な動物や、難解な動物など目白押しだった。

  大きいものから小さいものまで、その種類は幅広い。

「凄い量の動物。よくこれだけの種類を集めることができるわね。お金持ちの考えることは理
解できないわ」

〈お前だって金持ちだろ〉

「なによ。わたしは必要最低限のお金しか使ってないわ。財布の紐は常に堅くしてあるのよ」

〈先生の残してくれた遺産だからか? やれやれ、相変わらず意地っ張りというかなんという
か……〉

「余計なお世話よ」

  ぷい、と子供がいじけたようにマリアはそっぽむく。

  トラックの荷台から降ろされていく檻は、次々と従業員の手によって屋敷の中へ運び込ま
 れていった。トラックの大きさからも伺えるが相当な数だ。

  大の男が数人、運んでは戻ってくるを繰り返しおこなっていた。

「なにか御用でしょうか?」

  しばらく、その光景を傍観していた時だ。横合いから唐突に声をかけられ、おもわず飛び
 退る。声のあった方へ顔を動かすと、そこには紫紺のローブに身を包んだ背の低い男性が、
 ぽつんと佇んでいた。

「へ? あ、いや、その……」

  これといって用事もないので返答に窮する。

  用と訊くからには、この屋敷に仕える使用人か何かだろうか? 居たたまれない気持ちで
 一杯になったマリアは、なんと答えればいいのやらと焦りが胸中で蓄積していき、

「ご、ごめんなさい!」

  頭を勢いよく下げたのち、その場から急いで離れていった。








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