中途半端に伸びた黒髪。深い闇のような色を中心に湛える三白眼。実年齢は十六で少年期
 をまだ脱しきれていない節がある。過渡期すれすれ。かすかに残った頬の丸みのせいだろう。

「きみは……何者だ」

「さっきも言ったじゃないか、錬金術師だって。無論、あんたと違って本物のな」

「…………」

  年下の少年に弄ばれるアンディは、紡ぐ言葉を見つからないのか黙り込んでしまった。

  百七十の瀬戸際をさ迷う体躯には無駄な贅肉は殆どない。

  見ようによっては精悍な顔立ち。そこから覗かせる鋭い目は、どこか野の獣、或いは猫科
 の動物を彷彿とさせる猛々しい獰猛さを滲ませていた。

  半袖の革製ジャケットからパンツ、果てはブーツまで全てが墨色のような黒を基調としている。
 見るものには自ずと『闇』を連想させる外観。

  それがわたしの相棒……



















  …………セロン・ダレットだ。














     【第5章 深淵】





     〈10〉



  錬金術師と答えたセロンの言葉の後に、短い静寂が大広間を包み込んだ。

  長く伸びるテーブルが衝立のようにして真ん中に置かれ、セロンとアンディの視線が静か
 に交差している。

  困惑と怒りの感情をない交ぜにしたアンディの視線を背けず、セロンは片手を腰に置いた
 まま余裕綽々といった姿勢を崩すことなく、シニカルな笑みを顔に貼り続けていた。

  しかし、その悠々としたセロンの顔が突然険しくなり、

「毎度毎度言いたかったんだけどよー。おまえ災厄を呼ぶ才能でもあるんじゃないか? つー
か、俺が"表"に出るときはろっくなことが起きないよな」

  と、嘆息混じりの愚痴をこぼしていた。

  その言葉の受信者であるマリアは、無論黙って聞いているほど、お淑やかな性格を持ち合
 わせてはいない。すかさず、反論の言葉を吐く。

〈そ、それは、穏便に事を運ぼうとした結果で……〉

  しどろもどろとした口調が言外に、その通りだと語っているようにさえ感じる。下手に弁
 解すれば再び墓穴を掘ってしまうのではないかと、マリアは二の句を継げないでいた。

  一体全体なにが起こったというのか。

  ──今まで姿形の見せなかったセロンがその場に立っていた。

  それだけに留まらず、先ほどまで主導権を握っていたマリアが、今度は『魂』のみだった
 セロンと似通った──いや、ほぼ同じ立場に置かされていたのだ。

  その場にマリアの姿は無く、彼女の声のみがセロンの耳に触れる。

  まるで表裏を入れ替えたような事象が彼らの身に起こっていた、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

「どの口からそんな見え透いた嘘が吐けるんだよ。さっき、『今すぐ村人達を解放しなさい。
さもないと痛い目に合うわよ』って、言ったばかりだろ」

  先ほどの諍いが尾を引いているのか、セロンが己の心情を吐露する。

〈ま、まあいいじゃない。ここは人助けっていうことで〉

  が、対するマリアは歯切れが悪くも、何とか音便にことを進めようとしていた。

  入れ替わったような現象に対して、セロンとマリアの両者に驚いた様子はない。それどこ
 ろか習熟しているようにさえ見える。

  ゆえに表裏が変わったことにたいして特に論議せず、むしろセロンは先刻のマリアの不祥
 事を責めていた。

「少しは自分の行いに対して慎重になってだなー。時には行動を慎むってことを──」

「きみ……さっきから何を言って」

「うるさい。いまたてこんでるんだ。邪魔すんな」

  割り込んできたアンディの言葉をさらにと受け流し、セロンの説教が始まる。

  まーた始まった、とマリアはセロンの体の内でげんなりと肩を落としていた。

  確かに自分に慎重というものが欠けていることは自覚している。だが、ここまで揚げ足を
 取ることはないのではなかろうか?

〈うっさいわね! 愚痴愚痴言ってないでさっさとやっつけなさいよ! あんたそれでも一介
の錬金術師なの!?〉

「逆ギレ!?」

  しかも状況が状況なだけあって、マリアは唸るようにして反論の言葉を口にしていた。

  こんな場所で説教などしている暇もないくせに、なにを悠長としているのか。マリアの憤懣
 やる方ない口調に、セロンが怯む様子をみせる。

「っていうかお前に命令される筋合い──」

〈やれ〉

「いや、だから話を──」

〈やれ〉

「…………」

〈やれ〉

「…………貸し一つだからな」

  セロンの萎縮した声を聞き〈それでよし〉と勝者の発言を繰り出した。口論ではセロンに
 負けるが、押し問答では決して敗北を期したことはない。

  その敗北者であるセロンはすぐに表情を引きしめた。その視線を頭上で滞空している残り
 のグリフォンに鋭く向ける。

「村人たちを襲ったのは、やっぱりキメラだったか」

〈キメラ?〉

  セロンの口から出た『キメラ』という単語にマリアは疑問する。

「二体、或いは二匹以上の生物を錬金術で合成し作り上げた合成獣だ。……教えたことあるだ
ろ。覚えてないのか?」

〈え、えーと……教わったっけ?〉

「……だから、錬成陣描いても暴発なんかするんだよ」

  バカ正直に答えたマリアに、今度はセロンが顔を手で覆って呻いた。

  それを感じ取った彼女は〈しょうがないないじゃない。錬金術って覚えること多すぎるん
 だから!〉と吠えた。

  錬金術は必要とする知識の量が膨大だ。通常の科学と比べてもジャンルが際限なく存在し、
 さらに工程及び属性、加えて流派や目的によって学ぶことが違うのだ。

  基本的な錬金術の知識ですらマリアには多すぎて、完璧に覚えたとは言い難い。

〈けど、セロン。『やっぱり』ってことは、村の事件に錬金術が関わってることに気づいてたの?〉

「好事家とはいえ、あれだけの大量動物を一度に買い集めると思うか? 屋敷の地下で見かけ
た動物同士を組み合わせたような奇異な生物を見ただろ。すぐに錬金術が関与してるって分か
ったさ。動物を用いた実験──キメラ作りを専門とする錬金術師がいるってな」

  にやりと怪しい笑みを作り、セロンは視線を再びアンディに移す。

「使用人を一人も雇わないのは見られたら不味いからだろ? 実験現場を、、、、、

「…………!」

  ぞんざいに扱われていたアンディは、突然問われた事に驚きつつも、セロンが核心を突い
 たらしく苦虫を噛んだように顔を歪ませる。

「べつに、あんたらがキメラの実験に難癖つけるつもりは全くない。俺たちの目的は山奥の小
屋にあった私物だ。ヒューゴ・ナーディムって人物があそこに住んでただろ。あんたが処分し
たらしいじゃないか」

「……きみは、彼の何なんだ?」

「弟子さ。それより山奥にある小屋。あそこにあった先生の遺留品はどうした?」

  セロンの意図を汲み取ったのか、アンディが含みのある笑みを浮かべる。

「あれなら処分したよ。書物などには一通り目をやったんだが、ほとんどが記号やら奇怪な文
字が並んでいるだけの文献で理解不能だったからね。焼却したんだ」

〈そんな……〉

  微かな希望が、今度こそ水の泡と化して消えた。しかし酷く残念がるマリアとは裏腹に、
 セロンは表情に変化を加えることなく淡々と言葉を口にした。

「他に何か無かったか?」

「? 特に珍しいものは無かったが、それがどうかしたかい?」

「いや、なんでも……」

  無いならいい、と付け加えて首を横に振りながらセロンは適当にあしらった。

  だが、アンディにとっては堪ったものではなかったようだ。懐疑的な視線は相変わらず同
 じものであり、どう見ても友好的な雰囲気から懸け離れている。

「土足で上がり込んで、僕のキメラをも傷つけたのに……弁明すら無いのかな?」

「それは全部マリアのせいだ。むしろ俺は超被害者」

〈…………悪かったわね〉

「マリア? それはさっきまでここにいた少女のことかな? だとしたら君をこのまま易々と
逃がすつもりはない」

  アンディが指を鳴らすと、上空で待機していたグリフォンが一斉に高度を落とす。アンデ
 ィを守るようにして、目線の高さまで降りてきた。

  セロンを威嚇するグリフォンの群れ。それを見守るアンディは、手を頭の横の高さまで持っ
 てくる。

「大人しく捕まることを強く進める。マリアと言ったか。さきほどの少女とは違って話が通じる
ようだからね、投降して抵抗しなければ村から出すことを約束しよう」

「……もし嫌だって言ったら?」

「彼らが一斉に君に襲いかかる。君が公言しているように、本当に錬金術師だったとしてもだ。
これだけの物量を相手しては勝算もないだろう」

  セロンは目の前にいるグリフォンに気圧された様子はない。それどころか胡乱な視線を正面
 に投げつつ、耳をほじるという始末。怠惰な雰囲気を醸しつつ、セロンはゆっくりと口を開いた。

「あ〜、俺もそうしたいのは山々なんだけどな。けど、ここで白旗ふると後々それ以上にマリア
から酷い目に遭わされるんだよ。チーズ厳刑とかチーズ虐刑とか……あ、あとチーズ極刑とか。
思い出すだけで身震いするね。だから──」

  次の瞬間、セロンの眼光が鋭くなる。怠けていた体勢を整え、

「──お断りさせてもらう」

  と、嗜虐的に笑ってみせた。質と量の両方で圧倒されている状況下に置かれながらも、全
 く動じる様子のないセロンに畏怖でも覚えたのか、アンディは力強く指を鳴らす。

  それを合図に、グリフォンが一斉に鳴き声を上げ、獲物であるセロンに向かって両翼を羽
 ばたかせ突進を決行していた。

「先手必勝! この状況下では錬成陣も使えまい!」

「錬成陣? ハっ、んなチンケなもん使うかよ!」

  アンディの挑発を、セロンは余裕で跳ね返す。すかさず左腕を体の前方にもっていくと、
 床にその掌を差し向ける。右手でその左腕を支えるように掴み、セロンは囁いた。

それが壊れていないならば、シィ フラクトゥム ノン シィット、固 定 す る なノーリ イドゥ レフィサァー

  左腕に何ともいえない違和感が走った。

  視認することのできない"何か"がセロンの左掌を覆い尽くすような感覚。セロンはとくに感
 慨に浸ることなく、眼前から急接近してきたグリフォンに全神経を向けていた。

「クアアアアァァァァ──!」

  嘴を開き猛然と襲ってきたグリフォンの一撃を横に滑るようにして回避。目の前を通過し
 ていくそのグリフォンの片翼に、セロンはその左手を突き出す。

  ──次の瞬間、グリフォンの片翼の一部が塵と化して千切れた。

「────ッ!?」

  突然の出来事にグリフォンも驚愕したらしい。

  残ったもう一つの翼では空を飛ぶ寸胴な体を支えられるわけがなく、重心を失ったグリフォ
 ンは錐もみするようにして、背後にあった壁に激突した。

  ガラガラと壁の一部が崩壊し、まともに突っ込んだグリフォンの体の上に降りかかる。

「ば、馬鹿な、なんで君のような少年が"錬成呪"などという高度な錬成法を……それになんな
んだ、その塵は!」

  目の前で起きた光景を信じることができないのか、アンディが後じさりする。他のグリフ
 ォンも仲間の身に起きた現象を見て、急接近を止めて待機していた。

「単なる化学結合の崩壊によって生じた塵さ。俺は『分離』の錬成に長けているんでな」

「ぶ、分離?」

「別に驚くことじゃない。幾つもある錬成工程の一つさ。錬金術が基本的に代償となる物を分
解して、別の物を作り出す作業だってことくらい、素人のあんたでも知ってるだろ」

  セロンがニヤリと笑う。

「俺はこの作業の中間――分解する段階で錬成をストップさせてるんだ。錬成を止めることで
化学結合の崩壊を起こした物質は粒子状態になる、って寸法だ」

  セロンはグリフォンの体の一部を崩壊させて、塵状の物質に変化させたのだ。それも錬成
 陣よりも上級の錬成法──錬成呪を用いて。

  セロンが先ほど紡いだ奇怪な言葉はゲマトリア語である。それをファンタジーでいう詠唱と
 いう形で錬成したのだ。

  言葉には目に見えない『力』があると言われている。

  そのなかでも古代語に当たるゲマトリア語には言霊──呪力があると信じられてきた。そ
 れはあながちハズレではない。現にセロンが呟いた錬成呪こそ最もたる証拠だった。

  錬成呪が誰にでも使用できるかといえば、決してそんなことはない。

  高度な技術は必ず相応の時間と手間、鍛錬が必要とされる。アンディの驚愕から分かる
 ように、錬成呪を会得するのがどれだけ困難か理解できるはずだ。

「く……。君たち、彼を捕らえるんだ!」

  腕を勢いよく振って合図をしたアンディの命令どおり、グリフォンが群れをなして襲いか
 かってくる。しかし、セロンは怖じ気づくことなく、彼らに向かって真っ直ぐ駆けるという
 行為にでた。

「クアアアアァァァァ──!」

  嘴を目一杯に開き、こちらへ突っ込んでくる。

  だが、セロンは冷静にそれを鑑みていた。寸前のタイミングで床に体を伏せ、左手をグリ
 フォンの喉元に手刀さながらに突き刺した。

  グリフォンの喉元が錬金術によって砂のように床に落ちる。呻き声を上げたのも束の間、
 すぐに絶命した。セロンはその喉元から手を抜き取り、

「どうした化け物? これじゃあどっちが狩る側か分からないぜ?」

  その獰猛な笑みを見たグリフォンが、縮こまるようにして萎縮した。

  彼らだって生物だ。目の前にいる人間が、自分たちでは手に負えない相手だということが、
 今の光景から理解したのだろう。主の命令とはいえ、許容範囲を超えた敵に怯んでいた。

「役立たずめ……」

  押し殺したような声は確かに聞こえた。視線をそちらへ向けると、アンディの執事があろ
 う事か、踵を返して背後にあった扉から大広間の外へと出て行っていたのだ。

「ク、クリストファー!?」

「逃がすかよ!」

  しかしセロンは半ば予想していたかのように走り始めていた。長く伸びるテーブルの上に
 飛び乗ると、その上を容赦なく駆け抜ける。

  途中、立ち往生していたグリフォンの何匹かが勇気を奮い起こすように、主の命どおり襲
 撃してくるが、セロンは巧みに回避し、左手を突き出し迎撃。グリフォンの射線上から体を
 逸らし、すかさずカウンターに出ていた。無駄のない動きだ。

「な、な、な……」

「邪魔だ」

  テーブルの上を走り接近してきたセロンにたじろぐアンディ。しかし彼のことなど毛ほど
 も気にした様子なく、セロンは文字通りアンディの顔を踏み付けにした。

「グエ──」

  踏み潰されるときのヒキガエルのような声を出すアンディを踏み台にして、セロンはその
 まま床に着地。背後からドスンと倒れる音が響いたが、さして気にすることもなく逃げ出し
 た執事をセロンは追い始める。

  大広間からでると、短い廊下をはさんで裏庭に出た。

  樹木の生い茂る深緑色の森林が現れる。前方から聞こえる執事の走る足音を頼りに、セ
 ロンも未知の森林のなかへと足を踏み入れ駆けだしていた。

〈ちょっと、なんであの執事を追うのよ?〉

「決まってるだろ。あの陰気なローブ野郎が錬金術師だからさ」

  セロンの言葉にマリアは驚き混乱する。

〈どういうこと? アンディが錬金術師じゃなかったの?〉

「違う。意識してやっていたことか分からないが、あいつは錬金術師と名乗ってただけの偽者だ。
本当の錬金術師はあのローブ野郎のほうだ」

  会話を続けている間もセロンは、鬱蒼と茂る雑木林のなかを猛然と駆け抜けていた。体重
 移動を的確に行い、木々の間をすり抜け眼前から聞こえる足音を追う。

「俺がアンディに先生の書物をどうしたか訊いただろ。あいつは『書物に一通り目を通したが、
理解できなかった』と答えた。先生の置いてあった書物には錬金術に関するものが何冊も
あったはずだ。それを理解せずに、どうして錬金術を知ることができた?」

  マリアは静かに黙考する。答えは意外なほどすんなりと出てきた。

〈あ、そうか!〉

  アンディの台詞には錬金術師と名乗るにはおかしな点が一つあった。

  ──なぜ、ヒューゴの書物に目を通して理解できなかったのか?

  錬金術は総じてゲマトリア語を多用する。おそらく、ヒューゴの残した書物の殆どは、ア
 ンディの台詞からもくみ取れるようにそのゲマトリア語で構成されていたはずだ。

  ならばなぜ、アンディは錬金術の書物を読解せずに錬金術師と名乗ったのか?

  答えは簡単だ。彼は錬金術師などではないからだ、、、、、、、、、、、、、、、

〈じゃあ、つまり……〉

「あの屋敷にいたのは二人だ。本当に錬金術師がいるとすれば消去法からして、あのローブ野
郎に間違いないだろう」

  森の中を駆け抜けるセロンは淡々と話を続ける。 

「それともう一つある。気づかなかったか? アンディの後ろにいたローブ野郎が管楽器──笛
に似た物を立て続けに吹いてたんだよ。音は出ていなかったけどな」

〈笛?〉

「おそらく合成する際に聴覚の優れた動物でも組み込んだんだろう。人間の聴覚では感じ取れ
ない領域の音……可聴領域外の周波数ってところか」





     *     *     *     *     *





  その頃──。

  後方から近づいてくる気配に案じながらも、アンディの執事は黙々と草木を掻き分け、た
 だ走っていた。

「…………クソっ!」

  悪態をつきつつ、彼は素早く思考する。

  解っていたことだった。辺境の地とはいえ、村民に被害がでれば自ずと《協会》側が動く。
 自分を捕らえる、ないし抹殺するために錬金術師が派遣されるであろう、と。

(だが、いくらなんでも早すぎる)

  予期せぬ事態に執事の顔が不機嫌そうに強ばる。まだまだキメラの実験で、やり残してい
 ることは沢山あるのだ。

  しかし、それと同時に妙な違和感を覚えた。

  この村で被害者を出したのは確かだが、それでも数も少なく軽傷が殆どだ。《協会》とは
 いえ、こうも迅速に行動に移るとは到底思えなかったのだ。

(それに『分離』の錬金術だと? そんな中途半端な錬金術を扱う輩なぞ、数えるほどしか……)

  そこで執事は、ハッとある考えに至った。

  通常、錬金術は『分解し結合せよ』という言葉をモットーに、物質を分解して別のものへ
 と再構築する仕組みで成り立っている。

  だが、幾つもある錬成工程の一つである『分離』は、それが当てはまらない。なぜなら、
 分解した物質を再構築しないからだ。

  一応は錬金術として扱われるものの、どっちつかずな錬成ゆえに、それを専門とする錬金
 術師はそう多くはない。

  しかしあの少年は、その『分離』の錬金術を何食わぬ顔で使用していたのだ。

  それも口頭で錬金術を発動させる《錬成呪》を用いて……。

(一人だけ該当する錬金術師がいるが……まさかな)

  森の中を疾走しつつ、アンディの執事は首を横に振る。

  該当するその錬金術師はあまりにも有名すぎる。その錬金術師も年若いと聞いたことがあ
 るが、自分が所属していた結社の双璧に当たる──その中でも最高峰の集団に就く錬金術
 師だ。

  あのような粗暴な少年が、そのような輩には到底見えない。それに《協会》が派遣すると
 したら、もっと下位の錬金術師だろう。

(考えが早計すぎたな)

  だが、どちらにせよ彼は敵だ。敵である以上、こちらも簡単に捕まるつもりはなかった。

  この森林を抜けるのも後少しだ。そうすれば"切り札"を用いて、彼を駆逐すればいい。

  執事の口端が嗜虐的に吊りあがった。








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