《4》
桜の「とりあえず朝ごはん食べる?」という恩恵を被る事にした切。さすがに二日以上も物を口にしていないと空腹が募っていくものだ。 彼は桜の朝食の誘いに、二つ返事で了承していた。 仮にも真神という肩書きを持つ身なので、常日頃の切なら、易々と相手の口車に乗せられるような事はないのだが…… "腹が減っては軍は出来ぬ" ……というのが今現在の、彼の心情だったりする。
桜の私室から出て階段を降りる。 案内されるがまま向かった先は、彼女の父親が経営しているという喫茶店だった。 一階が店舗、二階が自宅という形になっているようだ。階段を降りて行き着いた場所は、喫茶店の店内だった。 切は桜に促されるようにして、カウンター越しの席に彼らは並ぶようにして着く。と、カウンター内で、グラスを拭いている男性がいた。 桜が「この人、私のお父さん」と言い、その声に反応して男性がこちら側に振り向いた。 「おや? 目を覚ましたようだね。桜から大まかにしか説明されていないんだが、怪我をしているそうじゃないか。もう歩いても大丈夫なのかい?」 彼の問い掛けに切は無言の首肯。 「そうか、安心したよ。聞きたい事は沢山あるけど表情から察するに無理のようだね。何が遇ったのかは知らないけど、個人的な事情に首を突っ込むような野暮な真似は、私も桜もしないから安心してくれ。それよりも怪我が治るまで充分な休養を取ったほうがいい。幸い空き部屋はあるからね、ゆっくりするといいよ。そうそう、私のことは気軽に"マスター"とでも呼んでくれ」 切を安心させるような笑みを浮かべたマスターという人物。 快活と精悍を足して二で割ったような顔立ちだ。 彼女の父親という事は、恐らく四十近いか、それ以上だ。しかし、若々とした雰囲気がそれを否定し、外見は実年齢より十歳ほど誤魔化せるはずだ。 切は軽く会釈をし、続いて周囲に視線をちらりと向ける。 良くいえば落ち着いた雰囲気の店だ。七十年代の(とは言っても切は知らないが)所々に置かれているアンティーク類の装飾品の数々と、ゆったりとしたクラシック音楽が店内を満たしていた。 行き渡るように視線を送り、見回したが客の姿は見当たらない。まだ営業時間ではないのかと思っていた、そのときだった。 「おはよ〜っす。あ〜……眠ぃ」 「おはよー。今日も暑いね〜」 ちょうど切の視線が向かっていた先、喫茶店のドアが開くなり遠男女の一組がタイミングよく入ってきた。 一人は切よりも頭半分ほど長身で、やや細身の身体つきの青年だ。 自由奔放に飛び跳ねた金髪の癖毛を強引に後ろで束ねたような髪型。端麗だと思われる顔立ちは、寝不足なのだろうか、胡乱な瞳によって崩れかけていた。 もう一人は小柄な少女だった。 左右に流した三つ編み。黒セルフレームの大きな眼鏡。初見して随分と幼い子だと思ったが「あれでも、あたしと同い年で二十歳よ」と桜に耳元で囁かれ実年齢を知り驚愕。 「うおぉ! やっと起きたか」 「ほんとだー。心配したんだよ。怪我はもう大丈夫?」 二人の視線が自分の方へと向けられ、同時に声を掛けてきた。 切は初対面の相手に戸惑いながらも「平気だ。迷惑をかけて済まない」と詫びを入れた。 ふと、返答した後で気づく。桜の応急処置をしてくれた友人とは、彼らのことではないかと。 その二人が、切たちと同様にカウンターの席に着く。 「多岐に渡り、迷惑をかけてしまった」 「気にすんなって。おれは飽くまでも応急処置しかできなかったんだ。ちゃんとした治療は知人がやってくれてな……。後で、お前の変わりに礼を伝えといてやるよ。それより名前聞いてないな。おれは小早川明彦。お前は?」 「……切。真神切だ」 「わたしは月宮由里だよ〜。気軽に由里って呼んでいいから。よろしくね切くん」 軽い自己紹介をし、さらに会話が連なる。 「しっかし、あれだよな。あんな奥地で人が倒れてたなんて信じられなかったんだけどよ……。お前を目の前にして、やっと現実味が沸いてきたってとこだな。いやはや、マジあの時は焦ったー。あ、マスター、ハムサンドとベジタブルサンド一つずつ。あとホットコーヒー頼む。文化祭の準備が忙しくてよ、寝起きでまだ朝飯食ってないんだ」 「あー、そういえば明彦くんって文化祭の実行委員だったね。だから朝から眠そうなんだー」 「どうせ、あんたの事だから色恋沙汰目当てでしょうに」 「待て待て桜。どうして言い切れるんだ? ……まあ、否定しねえけどよ」 会話の応酬を繰り広げるなか、切がおもむろに挙手し、 「ブンカサイとは……何だ?」 その言葉を口にした瞬間──間違いなく時は止まった。 マスターと由里が苦笑の色を浮かべ、桜と明彦が口をポカンと開け『なに言ってやがるんだ、こいつは』的な視線をこちらに向けている。 「え? それ新手のギャグ? もう、冗談はよしなさいって」 「知らない」 「…………」 「桜、こいつマジだぜ。本心から言ってやがる」 驚きを露にした彼らを見て、知らない事は恥なのだろうか? と切は思慮する。 しかし思慮分別の結果、経験も知識もないことを嘘も方便で解決するのは後味が悪いものと感じ、正直に「知らない」と答えたのだ。 「本当に知らないのね……。文化祭っていうのは、学校行事の一つよ。分かりやすく言っちゃうと学校で行われる祭りね。あたしたちの大学ってもうすぐ、その文化祭があるの。よかったら切も来ない? 結構楽しめる行事とかあるわよ」 桜の誘いに、少なからず切は好奇心をそそられた。 彼は世俗から隔離され、最低限の一般教養は世話係などから教わっていたのだ。 学校という施設に赴いた事がない彼は、むろん文化祭などという行事を知る由も無い。 「機会が……あれば」 切は言葉を濁すような小声で呟く。それこそ興味深いという思いを隠すように、だ。 ふと、そこで何処からか視線を察知し、右に視線を送るとハムサンドにパクつく明彦の姿が。 彼は切を見て、何故かニヤニヤと嘲笑の込められた笑みを顔に湛えていた。 「……なんだ?」 「べッつに〜。何でもねぇ」 それだけ答えると、彼は二つ目のサンドイッチを手にしていた。 何となしに切は訝しむが、すぐに深い意味は無いだろう、と自答する。
『――ここからは予定を変更して、一昨日、昨日と起こりました連続猟奇事件の特集をお送り致します』
突如──喫茶店の中にいた彼ら全員の視線が、天井付近にある古い型のテレビに移されるのに時間は掛からなかった。 『事件が起こったのは八王子市、町田市、多摩市の三つの市外。被害者はこれまで八名に上り、総じて遺体として発見されました。犯行現場として一通りの少ない路地裏が上げられており、現場で発見された遺体全てが、複数に切断され放棄された状態だった模様。警察当局の発表では、連続通り魔事件の疑いで犯人の捜査に全力を上げているようですが、犯人の目撃情報はなく捜査は難航しているとの事です』 テレビに映し出されたニュースキャスターは仕事柄のためか、淡々と記事を読み上げていく。 『なお、犯行現場の床や壁からは大量の血痕の他に、無数の切断面が発見されており、事件との関連性が追及されております。一刻も早い犯人逮捕が望まれる事は言うまでもありません。続報は入り次第、お知らせします。これから被害者の名前を読み上げますのでご家族の方は、所在のご確認の上、最寄りの警察までご連絡く……』 「うへぇー。この事件の犯人、まだ捕まってないのかよ。物騒極まりねえな」 場の沈んだ雰囲気を飛ばすようにして、初めに口を開いたのは明彦だった。 それに続き、他の者も天井にあるテレビから視線を落とし会話を始める。 「桜ちゃん、八王子でも事件が起きてるらしいから、わたし達も注意しないといけないね」 「そうね。夜中に一人での外出は極力控えないと……。切も気を付け――」 桜の言葉が途中で途切れたのは、切の振る舞いにあったからだろう。 彼は桜の忠告に気づいた様子なく、テレビから目線を放さない。 まるで食い入るように、それこそ目の敵を前にしたように。未だ同じ事件のニュースが流れるテレビを、睨みつけるようにして注視していた。
『それじゃあ、お先に僕は都心の方に赴くとするよ。ああ、心配しなくていいからね切。僕が都心の何処にいるか分かるよう、細工はしておくから』
再び脳裏に蘇る刃の声。 切の胸中で、一つだけ胸騒ぎがした。
* * *
同時刻――東京都、渋谷区。
百貨店、パルコ、丸井などデパートの高層ビル。専門店や飲食店が立ち並ぶ東京を代表する繁華街。それが、ここ渋谷だ。 その区の片隅。 韓国エステやカプセルホテルが軒を並べる裏通りに、『ヘブンズゲート』と記された小汚い看板が立てかけられていた。 看板が立てかけられている横には、地下へと続く狭苦しい階段がある。 壁は汚れ、スプレーの痕が残り、アルコールや吐瀉物の臭いが染み付いているかのようだ。渋谷駅近くの活気あるセンター街とは対照的に、澱んだ汚泥から発せられるような、饐えた淫靡な空気がその場を漂っていた。
『ヘブンズゲート』の店内。 外部の醸し出される空気と似たり寄ったりで、煙が充満し、一般人にはそぐわないだろう。 バーというよりもライブハウスに近く、意外にも内装は広く設けられていた。 テーブルやソファー、パイプ椅子などが適当に放置され、ライブハウスの頭上には、照明の落とされたステージ用のライトが、夜が明けた今でも延々と回り続けていた。 薄暗い店内には、都心の空気を引き移した猥雑さが立ち込めている。 朝という時間帯からか、店内にいる二十人前後のガラの悪い青少年たちは、死人のように無造作な格好で好き勝手に寝そべっていた。 彼らの髪型や服装、装飾は己が様々だ。茶髪にロン毛。かと思えば、ドレッドヘアーなどの派手な髪型を興じる者もいる。服装や装飾も同じく派手なものばかり。 少し動いただけで、それこそ音を立ててしまいそうなピアスやネックレスの数々。カジュアル系のデニムやイージーのパンツ。値が張るようなスニーカー、ジャケット類。多種多様な光景がそこにはあった。 「ううぅ……」 不意に発せられた呻きは、カウンターバーに突っ伏していた人物の口から漏れたものだ。 頭髪を全て剃り落としたスキンヘッド。鍛えられた二メートル近い大柄の巨躯。 如何にも厳ついという観のある彼――野田竜也は、飲み潰れ二日酔いに悩まされたサラリーマンのように青白い顔をしていた。 「クソ……、派手にどんちゃん騒ぎし過ぎたか」 先程まで突っ伏していたカウンターの上に視線をやる。 飲みかけのアルコール酒の瓶、タバコ、なにかの錠剤の包み紙やカプセル。これらが見事なまでに散乱しているのを彼の瞳は捉えていた。 野田はそのカウンターに転がっている、タバコのケースからタバコを一本取り出す。口にタバコを含ませ、上着の内ポケットからライターを出し、それに火をつけた。 「ふぅ〜……」 店内に紫煙を燻らせながら、野田はひとり呆然と宙を仰ぎ見た。 紫煙が鼻腔をくすぐり、目覚めたばかりの脳を活性化させてくれる。 何処となく鮮明になってきた意識の中、野田は再び四方を見直す。 周囲の乱雑とした光景は、昨夜おこなった派手なパーティーの名残だな、と野田は一人思いに浸る。 《アレ》の売り上げがなければ、ここまで金に糸目を付けず飲み食いできなかったはずだ。そう考えると《アレ》の貢献してくれる度合いに、自然と頬が緩む。 金が底をつけば、また《アレ》を売り捌けばいいのだ。自分たち"無頼漢"にとって、これほど旨い話はない。 そう思案していた時だった。 西部劇の酒場に出てくるウエスタンドアを真似たような店の両開き扉が、ギィと軋んだ静かな音を店内に響かせ、左右に展開したのは……
「こんにちは」 「……誰だテメェは?」 野田の視線の先――店を出入りする両開き扉の前に、一人の青年が立っていた。 一目見ただけで、その青年が普通とは違うのに気づく。 「なんだその格好……?」 眼前の青年の着衣を見て、野田の頭には"和服"という言葉が浮かぶ。 真っ白な清潔感のある装い。さらに靴下に革靴ではなく、足袋に草履。 このバーの中にいると余計に目立ち、浮いた格好だ。 その和服に身を包んだ彼が、店内に視線を巡らせ、 「京都には、こんな場所なかったから新鮮味があっていいね。こういう雰囲気の方が僕には好ましいかな。屋敷にいると慣わしだの、仕来りだの言ってきてうんざりでさ……本当、参っちゃうよ」 「テメェ……人の話し聞いてるのか、オイ?」 続いて野田が奇怪だと思ったのは、その相貌と口ぶり。加えて、あからさまに場違いな服装にある、その上にある整った顔立ちにあった。 乱暴、粗雑、狼藉――そういう体のある自分達とは正反対の雰囲気を、和服の青年は醸し出していた。 良家の息子という風情がある穏やかな表情と声。平穏無事という四字熟語が、これほど似合う人物はいないだろう。 「痛い目みないうちに、とっとと帰りなボウズ。ここはテメェのような利発そうなガキの来る場所じゃねえんだよ」 野田は一睨みし、相手を脅すような威圧的な声でほふろうとする。 しかし返答は、 「う〜ん。それが私情で実家に帰れないんだ。しばらく僕をここに居座らせてくれないかな? できれば服も貸してくれると助かる。この服装だと余りにも浮いちゃうから。寝そべっている彼が着ているような物を提供してくれると嬉しいな」 野田の想定外の言葉に、笑みが加味されて返ってきた。 まるで恐れなしといった口調。 平和主義者の優男といった顔貌の青年がだ。 「タツさーん。どうかしたんすかぁ〜?」 ふいに、二人の会話に割って入ってきたのは、野田のよく知る声。 自らが率いる、渋谷を中心にドラッグの売買を行っている集団――店名と同じ『ヘブンズゲート』という団体のメンバーの一人だ。 寝起きのせいか、髪をボリボリと掻き、欠伸を漏らしている。 そんな彼に続き、先程まで熟睡していた店内の輩が、地面から這い出るゾンビのような動作で、起き上がろうとしていた。 起き上がった彼らの視線は、そのまま野田と同じく扉の方向へ自然と流れ、 「……リーダー。誰なんすか、そいつ?」 「ってか何だよ、あの場違いな格好……。ここを何処だと思ってんだ? 渋谷だぜ? シ・ブ・ヤ? お前みたいな、世間知らずのガキが来る場所じゃねえんだよ。ぷっ……くくッ。ブハハハハ!」 「おいおい、そんなに笑ってやんなよ、可哀相だろ? それによく見てみろよ。あんなナリしてるんだぜ? 俺の見立てでは、相当なお坊ちゃんだと捉えるね。このまま帰すのは惜しくねぇか?」 「おーおー、そりゃそうだ。店に入った時点で、ライブハウスの使用料を頂かんねえとな〜。無許可で店に転がり込んできたんだ。もちろん、割り増し料金払っていけよ」 彼らは喧々囂々と罵詈雑言を吐き、笑い声を上げ始める。 野田はそんな彼らの口を塞ごうとせず、逆に一緒になって和服姿の青年をあざ笑っていた。 そうだ。ここにいる者は皆、警察も舌を巻いている『ヘブンズゲート』の猛者。たった一人を相手に恐れる事などあるだろうか?
しかし、その考えが間もなく崩壊するとは野田自身、知る由もなかった。
「まったく、これだからならず者は融通がきかなくて困る。一人じゃなにも出来ない弱者のくせして、集団になると強がるからね。もっとも、そうやって大見得を切るのが君達の専売特許なんだろうけど」 やれやれと肩を竦め、目を伏せる青年。 その台詞と態度に、目覚めたばかりで覚醒間々ならぬ『ヘブンズゲート』の彼らでも、すぐに莫迦にされたと気づく。 怒髪天を衝かれたような怒りの形相を浮かべ、二十人近くの青少年たちは一人の青年を睨みつけた。 だが睨みつけられた本人は、臆する様子も無く終始一貫して平然を保ったままだ。 「ボウズ……口は禍のもとだって、学校の授業で習ったことあるよな」 「意味は知ってるよ。けど、学校なんて通った事ないけど」 「……俺たちに喧嘩を売った以上、骨の一本や二本は覚悟しろよ」 と、そう言い切った野田が両手を鳴らしながら、ゆっくりと、それこそ焦らす様に孤立無援の青年に向かい始めた。 二メートルを超える巨漢が近付く光景は、傍から見ても標的を射竦めるような威圧感を漂わせている。 先陣する野田の姿を見て「いいぞー、リーダー! やっちまえ!!」「殺しちゃだめっすよー、タツさん!」「後で金巻き上げるんすから、程々に〜」などといった野次が店内に飛び交う。 彼らは勝敗など関係なく、ただ傍観者として見ているだけ。 次の瞬間――何が起こるとも知らずに……。 「君達はなにか勘違いをしているみたいだけど……」 ふと、野田の視線の先にいた和服姿の青年が、ゆっくりと伏せていた顔を上げ、 「……これは願望じゃなくて……」 自分達の目の前で、穏やかな表情が嘘のように歪みきった笑みへと豹変し、
「──"命令"、なんだよ」
面相にある、紅に染まった瞳を鋭く瞬かせていた。 「「「「「────」」」」」 聞く者の意識を途切れさせるような重い声調と、彼の血走らせた瞳から発せられる強烈な眼光に、『ヘブンズゲート』の面子の哄笑が一瞬にして静寂に変わった。 先陣をきっていた野田は、和装の青年の瞳を垣間見た瞬間――まるで身体を巡る血流が凍りつき、怖気がつま先から脊髄、延髄を通り、頭頂部まで刹那で走り去るような感覚に見舞われる。 空間が歪んで見えるのは、自分だけの錯覚、極度の緊張からくる平衡感覚に乱れのせいだと、野田は自問自答する。 が、その感覚の乱れは当然の如く周囲にも伝播しており、野田の後方では身動ぎ一つ生まれようとはしなかった。 目が赤い――といえば、単に充血しているだけだと見て取れるだろう。 だが、眼前の青年はただの充血だと判断するには、余りにも血に充ちすぎている。眼球の白い部分の中に、赤い球体が爛々と輝き浮かんでいたのだ。その紅い瞳に魅入られた彼らは、視線を外す事ができず恐れ戦く。 ある者は身体を戦慄かせ、ある者は絶望感によって顔をくしゃくしゃに歪ませ滂沱し、またある者は血塗られた視線に釘付けにされ佇んだまま失禁してさえいた。 彼らは悲鳴も、号哭も、命乞いも口にしようとしない。 否――できないのだ。 一歩でも動けば、一声でも発せば、紅の瞳を持つ青年によって何の躊躇いもなく、自分達の命は絶えてしまうだろう。 その底なしの恐怖に溺れ、アウトロー達は喘ぐことしかできない。 アウトローの彼らは悟る。自分達と眼前の青年は、まった"別次元の生き物"だと。 爬虫類めいた癒着ある瞳。 その全身から漂いだす、獣のそれを遥かに超える別格の威圧。 言うなれば、それはまさに殺意の権化。 絶対であり、 無敵であり、 必勝であり、 圧勝であり、 敗走は知らず、逃走の意味など分からないほどの、圧倒的な強さの持ち主――それが眼前に佇む青年の正体。 先程までの温厚な態度は、飽くまでも本質を隠すための虚像に過ぎなかったのだ。 「そういえばまだ自己紹介してなかったね」 その紅の眼光を放っていた張本人が、未だ硬直状態の自分達に向かって、 「僕は真神刃。気軽に刃って呼んでくれていいよ」 ニコッ、と笑った。 相好を崩す刃の顔には……一点の非の打ち所もないほど愛嬌に満ち満ちていた。
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